事例インタビュー<第四回>

「事例インタビュー」は、気象データを実際に活用されている企業様等へのインタビュー記事です。

~薬の製造・販売における気象データ活用~ 「ムヒ」で使われる気象データ

  • 株式会社池田模範堂 様
  • 一般財団法人日本気象協会 様

「ムヒ」シリーズはじめとして、お肌のトラブルに向けた商品を多く展開する株式会社 池田模範堂では、一般財団法人 日本気象協会と協業して、商品の生産や営業活動などに気象データを活用しています。


今回は、株式会社池田模範堂 営業部 営業推進課の伊志嶺 裕司(いしみね ゆうじ)様と、一般財団法人日本気象協会 社会・防災事業部 気象デジタルサービス課 の大野 真幹(おおの まさき)様から、薬の製造や小売事業者への営業における気象データ活用についてお話を伺いました。

日本気象協会 大野真幹 様(左)と池田模範堂 伊志嶺裕司 様(右)

●初めに、自己紹介と、各社の事業の紹介をお願いします。

【株式会社池田模範堂 伊志嶺裕司 様(以下、「池田模範堂 伊志嶺様」)】
池田模範堂の伊志嶺と申します。弊社は、虫さされ、虫よけ、かゆみ止めなどの薬を製造・販売している製薬メーカーです。もしかしたら、池田模範堂というよりも「ムヒの会社」と言った方が、皆様に馴染みがあるかもしれません。
私は営業部に所属していて、販売方針の検討を担当しています。商品の過去の販売数などのデータから、商品が売れた理由や今後の販売数の見通しなどを調査・分析して、商品の生産量を調整や、販促や広告などの戦略を検討しています。

代表的な商品:「ムヒS」(左)と「ヒビケア軟膏」(右)

【一般財団法人日本気象協会 大野真幹様(以下、「日本気象協会 大野様」)】
日本気象協会の大野です。当協会は、1950年の設立以来、気象・環境・防災などに関わる調査解析や情報提供を行っております。
私は気象デジタルサービス課に所属していて、企業様の様々なデータと弊社の気象データを組み合わせて、食品・飲料メーカーなどをはじめとした種々の分野で、商品の販売予測などのデータ分析やモデル構築を行っています。

●ありがとうございます。本日は、池田模範堂さんの事業の中で気象データがどのように使われているのかについて、お伺いします。
まず、池田模範堂の商品と、気象との関係について教えてください。

【池田模範堂 伊志嶺様】
弊社では、皮膚にまつわる商品を研究し展開しています。代表的なものとしては、
蚊などの虫さされに効く「ムヒS」「液体ムヒS2a」、汗などによるかゆみ治療薬の「アセムヒEX」、冬の乾燥による手指のひび・あかぎれを治療する「ヒビケア軟膏」などがあります。
「液体ムヒS2a」などの虫さされ商品は、春先の行楽シーズン頃から売れてくる傾向があります。これはちょうど蚊が活動し始める20度を超えてくるからと言われています。そうして7月中旬頃に売上の最盛期を迎えるのが通例になります。
「ヒビケア軟膏」は、手指の乾燥が進む11月頃から売り上げが増えていき、年末年始頃がピークです。特に、最低気温が氷点下になってくるとよく売れるようになります。このため、いつ寒くなるのかがとても大事ですね。
このように、皮膚の悩みは気象と密接に関連しているため、気象データの活用は非常に重要です。

●早速ですが、ひとつ確認させてください。お話を伺って、「かゆみ止めなどの商品は、夏になって蚊が出てくれば、必要とする人が自ずと買ってくれるのでは?」と感じました。気象データで売れる理由が分析できたとしても、売り上げが変わるようなイメージが持てなかったのですが、どのように活かせるのでしょうか。

【池田模範堂 伊志嶺様】
おっしゃる通り、仮にその年が冷夏であっても猛暑であっても、蚊は出てきますし汗をかくほど暑くなりますので、一定のお客様には商品を買っていただけます。
ただ、お客様にどのタイミングで商品を買っていただけるのかはとても大切です。買うタイミングがシーズンの後半になれば、一本を使い切らずにシーズンが過ぎてしまいますし、もう少しで夏は終わるから我慢しようかな、というような心理も出てきます。
夏の始まりから終わりまでを弊社の商品で快適に過ごしていただいて、願わくば2本目も買っていただきたい。このため、やはり最初に暑くなるタイミングで買おうという気持ちになっていただくことが大切です。
また、かゆみ止め商品に多くの競合がある中、我々の商品を選んでいただくためには、ちょうど必要になってくるタイミングで広告を打つことも大切です。さらに、需要予測の精度が高まれば、商品の過剰生産や在庫過多の防止にもつながります。
このため、気象データをしっかり活用していくことが重要になってくるのです。

●かなり幅広く活用できるのですね。では、具体的にどのように気象データを活用しているのか教えてください。

【池田模範堂 伊志嶺様】
まず、商品の生産量の検討に使っています。前の年に比べてたくさん生産するのか、それとも控えめでいいのか、といった判断材料として活用しています。夏シーズンの商品ですと、1月や2月には大枠の生産量を決めなければなりません。このため、過去の生産量や販売データと「今年の夏は去年に比べて暑くなるのか?」といった季節予報データなどから6ヶ月先の売れ行きの予想を立てて、生産量を決めています。
その後、シーズン直前にも生産量管理の判断があります。虫刺され商品の場合、夏の売り出しのピークに向けて、梅雨頃に追加生産の判断を行います。ここでは、1ヶ月先の気象予測などを判断材料として「2割増しで生産しよう」などの判断を行っていく形です。

●生産管理には、1ヶ月から半年程度先までの気象予測を利用されているのですね。では、販促や広告ではどのような使い方をされているのでしょうか。

【池田模範堂 伊志嶺様】
販促としては、主に小売事業者への営業提案に利用します。
小売事業者が、チラシを作ったり特売を実施していく際には、やはり自分たちの商品を大きく扱って欲しいですよね。このために「そろそろ弊社の商品がよく売れる季節ですよ、良かったらたくさん宣伝してくださいね。」と営業提案をしていくのですが、ここに気象データを活用して提案の質を高めています。
営業提案では、売れる根拠を示すことが重要です。基本的な考え方としては、

①過去にどれくらい売れたのか
②その年に比べて今年は売れるのか、売れるとすればそれは何故か

を押さえてしっかりと伝える、ということになります。
①には、弊社から小売事業者への出荷数データと、小売事業者から消費者への販売数データを利用します。前者は弊社が所有しているデータで、後者はPOSデータやその拡大推計データを調査会社から購入しています。これらから、過去の小売事業者への配荷量が適切だったのかどうかが把握できます。
これを踏まえて②の検討をします。そこで使うもののひとつが気象データです。「今年は去年よりも暑くなるため、早くから蚊が出てきます。」と言えれば、虫刺され商品が売れる理由になりますよね。その他、気象データではありませんが、インバウンド需要やコロナによる外出自粛などの社会要因など、考慮すべき事項はたくさんあります。
次に、WEBやTVなどを使った広告も大切です。商品によっては、売れるタイミングがシーズン最初の暑い日に集中する、などの特徴を持った短期決戦のものもあります。
そういった商品は、やはり、売れるタイミングで広告をたくさんかけると効果が大きくなります。どのタイミングでどれだけ広告をかけるかは悩ましく、これまでずっと課題でしたが、気象データは大きな武器になっています。

●これらのデータ活用を日本気象協会さんと共同で取り組まれているのですね。
次に、分析に使っているデータについて伺いたいと思いますが、まずは、池田模範堂さんが日本気象協会さんと協業することになったきっかけや動機を教えてください。

【池田模範堂 伊志嶺様】
先ほど申し上げたような気象データの活用は、かつては自社だけでやろうとしたのですが、どうにもうまくいきませんでした。売上データや経験則はたくさん持っているのですが、気温が何度になったら売れる、などの条件にうまく落とし込めなかったのです。「気温と売り上げに関係がありそうだぞ」という感覚はあっても、整合を取るための最後の鍵が見つからないような状態でした。
そんな時に、日本気象協会さんが開催する気象データ活用のセミナーの存在を知り、参加をしました。そこで、気象データを用いた弊社商品の売上分析や販売予測までパッケージで伴走いただけるとのお話があって、そのことが決め手となり、協業を開始しました。

●ありがとうございます。続いて、日本気象協会さんに伺います。実際に池田模範堂さんの売上データと気象データとを分析して、何らかの傾向は得られたのでしょうか。

【日本気象協会 大野様】
はい。いくつかの商品で、傾向を掴むことができました。お肌のトラブルをターゲットとしている商品の売れ行きは、池田模範堂さんのご想像通り、やはり気温と相関があることが多いようです。
ただ、一口に気温と相関があるといっても、平均気温や最低気温、一日の中での気温差、例年に比べての気温差など、いろいろな切り口があります。例えば、ヒビケアが対象としている冬のパックリ割れは、寒い日の手指の乾燥が原因ですが、「寒い日がしばらく続いたうえで、さらに極端に寒い日が来る」ことで起こりやすくなります。このような条件を導き出すためには、単純に気温データと売上データを見比べるだけでは上手くいきません。症状が発生する状況に仮説を立てて、それを気温の変化に置き換えるとどうなるのかを考えて、しっかり分析していくことが必要です。

●気温は気温でも、色々な分析の仕方があるのですね。ところで、今のお話だと、湿度も影響しそうに感じたのですが、いかがでしょうか。

【日本気象協会 大野様】
確かに湿度も大切だと思います。ただ、雨が降って湿度が上がった時には、同時に気温が下がったりしますよね。このように、気温はいろいろな気象条件を、ある意味で包含している要素です。このため、意外と気温だけでも高い相関が見える場合もありますね。

●なるほど。気象データの持つ意味をしっかり理解しておくことが大切なのですね。一方で、今回の例であれば、パックリ割れについての知識も必要になると思います。そのような知見の交換なども含め、データ分析はどのようなプロセスで行なわれているのでしょうか。

【池田模範堂 伊志嶺様】
基本的には、弊社から売上データなどを日本気象協会さんにお渡しし、日本気象協会さんに分析いただき、将来の売上予測を作成いただく形です。そして、毎月一回の定例会合でディスカッションを行い、情報交換を通して利用データや分析方法などに改善を加えています。

●定例会合について、詳しく教えてください。

【池田模範堂 伊志嶺様】
定例会合では、日本気象協会さんから過去の売上予測の精度や将来の売上予測について解説いただきます。弊社からは、インバウンド需要などの業界動向や、今期の売上の状況などの情報共有をしています。
また、よく雑談もしますので、商品の特性や気象データの特徴、それこそパックリ割れについてなど、意識的にも無意識的にも情報共有が進んでいる形です。

売上予測のイメージ

【日本気象協会 大野様】
定例会合では、基本的な気象データの提供・解説なども行っています。
生産量検討に活用できるデータとしては、売上予測に併せて、6ヶ月先までの気温の予想データを、1ヶ月単位の情報として、過去の年と比較したような形で提供しています。営業などに活用できるデータは、週単位の情報として、約3ヶ月先まで提供しています。また、目先の気象状況の見通しについてもざっくばらんにお話ししています。
そのほか、予報の精度などについてディスカッションすることもありますし、予測が外れてしまったときには、外れた理由を分析し、お伝えしています。

●協業の効果はいかがでしょうか。

【池田模範堂 伊志嶺様】
とにかく、小売事業者との信頼関係が深まりました。
予測の数字に根拠を交えて交渉すると、すごく納得いただけるんです。また、仮に予測が外れてしまったとしても、外れた理由の分析をお伝えすることで、さらなる信頼に繋がっていると感じています。
営業時の会話も、これまでは漠然と「なにやらこの夏は暑くなりそうですね、たくさん売れるかもしれませんね。」などと言っていたところ、協業以降は「気象の専門家によると、今年は去年より○℃暑くなるので、前年比で○%商品が売れそうです。」と、踏み込んだ表現ができるようになりました。根拠を持って話せるようになったことは、すごく大きいと感じます。
このように、日本気象協会さんとの協業で得られているメリットは多く、感謝しています。

●ありがとうございます。気象データをうまく使うことで、コミュニケーションの強化にもつながったのですね。
それでは、最後の質問です。両者の今後の気象データ活用の展望についてお伺いさせてください。

【池田模範堂 伊志嶺様】
日本気象協会さんと一緒に取り組んでみて、気象データの活用効果の高さを認識しました。一方で、弊社の取引先によっては、気象データの活用に対する理解はまだまだ進んでいないところもあります。
商品を作る我々と、商品の売れ行きを予測する気象事業者と、商品を売って下さる小売事業者の三者がもっとうまく連携できれば、必要な薬が消費者の手に渡りやすく、一方で在庫の過不足も減るような、皆にとってより良い社会になるでしょう。そのような未来を目標にしています。
そのためにもまずは、小売事業者に「天気のことは池田模範堂さんに聞こう!」ぐらいの認識を持っていただけるように頑張っていこうと思います。

【日本気象協会 大野様】
池田模範堂さんとの協業内容は、気象データの提供を入口として、需要予測や商談の内容のご提案、さらにCM活用の検討まで、多岐にわたります。このように「ひとつのチームの中の気象部隊」のような形でトータルでご一緒できたことは、我々としても新しい取り組みで、気象データの活用の新たな可能性を感じられて嬉しく思っています。
また、製薬事業という領域でも、気象データがうまく活用できることを実際に確認できたことは、非常に良い機会となりました。 今後については、池田模範堂さんと同じコメントになってしまいますが、やはり小売事業者も含めた皆でコミュニケーションをとることで、社会全体に良い影響が与えられれば良いなと感じています。

※池田模範堂本社営業推進課までご相談ください